『調理場という戦場』(斉須政雄,朝日出版社,2002.06.20) [本]
「コート・ドール」というお店については何も知らなかったのだが、調べてみると三田にある高級フランス料理店とのことだった。
ミシュラン・ガイドブックに載っていないのが不思議、というほど高名で、味にも定評のあるお店らしい。
当然だが、お値段も超一流。残念ながら、そうそう気軽に行けるお値段ではない。
だが、本書の中で斉須氏が語る哲学には魅せられた。
以下、引用。
フランスに行く前にぼくがいた日本の調理場には「みんなと仲良く波風を立てない」という雰囲気が充満していたのですが、フランスに渡って「『みんな仲良く』なんて、ありえない」と気づきました。
自分の常識を通すためには、さまざまな軋轢を打破して、時には争いごとだって経験しないと、やりたいことをやれないじゃないですか。
ただただ仲良くしたいなんて思っているヤツは、みんなに体よく利用されて終わってしまいます。
相手に不快感を与えることを怖がったり、職場でのつきあいがうまくいくことだけを願って人との友好関係を壊せないような人は、結局何にも踏み込めない無能な人です。
日本ではぼくは割と軋轢を起こしてしまうほうで、生意気だと言われたけれども、相互理解のためには多少の軋轢があってもいい。というか、むしろ必要な作業であるとさえ思った。
調理場でさっきまでほんとうに大声でケンカをやっている同僚ふたりが、五分もしたらカフェで白ワインかなんかを飲んで楽しく話している。そんな姿を見ているうちにぼくも「不満があるのに黙っているのは罪だ」と思うようになりました。最初はその切り替えが理解できなかったけれども。
ぼくは世事に長けていないから、あんまり効率のいい生き方をしていると、すり切れていってしまうような気がするんです。ですから、ゆっくりと遠回りでもいいけど、一歩ずつ行くことを選びました。これはベルナールのやり方です。
「これは、夢のような幸運だ」と思っているうちは、その幸運を享受できるだけの力がまだ本人に備わっていない頃だと思うんですよ。幸運が転がってきた時に「あぁ、来た」と平常心で拾える時には、その幸運を摑める程度の実力が宿っていると言えるのではないでしょうか。ベルナールには、天性の資質が備わっていたとしか思えない無理のない生き方を見ていました。
見習いの頃からすれば夢のような職域に入った時にも、最初は気恥ずかしさがあったりうれしさが込みあげたりしますが、動き出すと違和感を抱いたことはありません。もう動けるようになっていて、その動きを任されるというか。
二段跳び三段跳びの生き方ももちろんあるけれど、ぼくの場合には、「まわり道だけど、景色もいいし見るところも多い」というのがいいなぁと思ったのです。スピードレースをしている時には見えないものを楽しむ、というやり方が、個人的にはとても好きなのです。
やっぱり、いつか、この人のお店で食事をしてみたい。いつかきっと。
調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)
- 作者: 斉須 政雄
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2006/04
- メディア: 文庫