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「舟越桂2010」展(熊本市現代美術館) [美術]

熊本市現代美術館(CAMK)で開催中(2月13日まで)の「舟越桂2010」展を観てきました。

美術館に着いたのが、12月11日(土)の12時過ぎ。
大きな看板が出ていて、期待が高まります。

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まず、今回の主目的である舟越桂氏によるアーティスト・トークの会場となるホームギャラリーの下見。
比較的広い会場で、一安心。

講演開始まで2時間近くあるし、場所取りのために座っていなくても、まあなんとかなるだろう、という見込みの元、会場内をぐるっと一回り。
展示室は、1980年代、1990年代、2000年代と時代ごとに3つに分けられ、作品点数は多くなかったが、作風の変化がわかる、いい展示だった。
中でも、初めて見たのは、「風のある部屋」(1992年、株式会社西日本シティ銀行)と「もうひとりのスフィンクス」(2010年、エド・ブローガン氏蔵)。

13時過ぎに見終わったので、講演会の会場へ移動。
よく見ると、誰も座っていない席にも場所取りのために物が置かれていて、マナーの悪さに唖然。それでも何とか前よりの席を確保。
14時には、席は満席。周囲にもかなりの数の立ち見のお客さん。
きっと、主催者側も、こんなに聴講したい人が集まるとは思っていなかったんでしょうね。
すぐに、学芸員の紹介で、舟越桂氏が登場。
「昨夜、熊本で飲み過ぎてしまい、ひどい声で申し訳ない」という前置きで、講演は始まりました。

以下、メモから転載。
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熊本に滞在するのは初めて。
でも、以前から、深いつながりがあった。一つは彫刻の素材として使っている楠が、熊本県の県木であること。九州からの材木を使っているということは認識していたが、それが熊本県産だとは知らなかった。
もう一つは、同時開催されている「光の絵画」展。父・舟越保武のダミアン神父の像が展示されていた。ダミアン神父とハンセン氏病とのつながりは、若いころ、父から聞かされていた。

自分の彫像の眼に使っている大理石は、父が使っていたもの。
固定方法は、仏像の玉眼の固定方法を真似している。内側を刳りぬいて、まぶたの部分は1ノミずつ削っていくという手法。
作品のタイトルは、見えているものを、もう一度、言葉にするのは止めにした。

彫刻にブリキを使ったことに論理性はない。
最初のデッサンにあったものを立体化したもので、もっともそれを表現するのに適した素材を使っている。
その素材が、一般的に彫刻に適しているとされているかどうかは関係なく、使っていいと判断できる性格をしている。

山ともう一つの顔。
もう一つの顔は、自分の中にいる自分と相反するものの表現。
山は、学生のころ造形大にタクシーで乗り合わせて行く途中で思いついた「あの山は俺の中に入る」という、自分でも驚く言葉に由来している。

スフィンクスは人に謎をかける。だからこそ、スフィンクスは人間をずっと見続けている。
なにも言わない。ただ、知っている。

潜在的には、作品を作り始めた初期のころから、スフィンクスとは出会っている。
ノヴァーリスの『青い花』の一節をよく覚えている。
「この世界を知るものとは、なんぞや?」
「自分自身を知るもの」
ここには、なにか大事なことが書かれている、と感じた。
彫刻をやっていこうと思ったが、そのころにはもう流行していなかった具象彫刻しかできないと思っていた。具象に進もうと思う後押しを「自分自身を知るもの」という言葉がしてくれた。
人間とはこうだ、ということは、世界とはこう成り立っている、ということに等しい。

彫像は、胴の内刳りをして、軽くすると同時に、ヒビを予防している。

「バッタを食べるスフィンクス」は、昔観た『事件』というドラマで見た場面に影響されている。
バッタを食べたことはないが、苦いような味がするに違いない。それを敢えて殺して、噛んで食べる。それは、スフィンクスが高いところで人の戦いを見ているときに感じる思いに似ているのではないか?

肩や背中から手が出ている作品が多い。
その手とは、アンテナとしての手。誰かと繋がる、助けを借りるための手。
そういうものとしてならいいのではないか、と思い、作品に取り入れている。

「見晴台のスフィンクス」は、「スフィンクスは自分たちの中にある。なら、自分をスフィンクスに入れてみよう」という思いで制作した。
「あるんだよ。でも見えない」という点から、秘仏や胎内仏も意識している。
自刻像を全部を入れてしまう(見えなくしてしまう)のはもったいないので、ああいった形で見えるようにした。
また、頭の中に収めるためのバランスから、キングコングのような体型になっている。ほんとうはあんなポーズにしたくはなかったのだが、後頭部に収めるという構造上の制限から、あのような体型にならざるを得なかった。
胴体に金箔を貼ったのは、金箔なしでは、将来、レントゲンで撮影してもなにも写らないだろう、という思いがあったから。

版画は、フィルムに描いた線がそのまま原画になる手法を用いている。手描きがそのまま版になる。
普段は夜から夜明けまで働く生活をしているが、版画のときは他の人も絡んでいるし、2週間のプロジェクトで予定した作品数を完成させないと関係者が困るため、ほんとうに別人のように働いている。

<楠を素材として選んだ理由について>
 函館で大きいレストランを経営している叔父の仲介で、トラピスト修道院の聖母を彫ることになった。
 父(舟越保武)に頼みたかったようなのだが、父は木彫をやっておらず、また、予算もなかった関係で、息子の、まだ無名の自分に白羽の矢が立った。
 2mを超える作品になるので、大学の教授に相談をしたところ、楠がいいんじゃないか、と薦められた。
 実際に彫ってみて、この材なら、僕はなんとかできる、と感じた。
 価格もヒノキより安く、硬さも中くらい。色も白すぎず、濃すぎず。匂いもいい。
 困るところは、木目がねじれているところ。彫る方向を頻繁に変える必要がある。

<作品を手放すときの気持ちについて>
 自分の作品であっても、手元を離れてしまうと、二度と見る機会のない作品は多い。
 どこにどの作品があるのかは、画廊を通じて知るだけで、コレクターの人と友達になる、ということも、あまりない。
 人の形をしたものなので、手放すのは辛い。どの作品とはいわないが、億万長者になったら、買い戻したい作品がいくつかある。
 最近は助手が小まめに掃除をしてくれるので、そういういことはなくなったが、以前、父の家の倉庫で制作をしていたときは、彫った木屑が床に溜まっていき、作品が完成して運び出されると、そこにポッカリと穴が空き、寂しかった。周囲の音は同じなのに、辺りが急に静かになったような気さえした。

<趣味について>
 若いころは身体を動かすことが好きだった。特にラグビー。
 趣味といえるものは、あまりない。映画は好き。いい年をして、テレビっ子でもある。
 スケートボードが好きで、若いころ、「妻の肖像」を完成させる前のころ、そのころ住んでいた府中の競馬場の駐車場でずっとやっていた。

<父、舟越保武について>
 影響されている。
 一生、父を超えられないだろうな、と思っている。他人の評価ではなく、自分(舟越桂)の感じる父のすごさを超えられないと思っている。
 学生のころ、「こういうものと出会ったから、彫刻の道を選んだ」という話をしたことがあった。
 そのとき、「(そういうきっかけが)俺にはない」と思い、わりとショックだった。
 少し後で、物心がつく以前に、そのきっかけに出会っていることに気がついた。
 それは、記憶にはないけれど、父という存在との大事な出会い。
 小3のころには、「彫刻家になっていくだろうなぁ」という遠い予想を抱いていた。
「スフィンクスの話」という作品の完成間近、「これを作るために、ずっと彫刻を作ってきたのかもしれない」と思った。

<美しいという言葉について>
 私は「美しい」という言葉を安易に使いすぎているのかもしれない。
 私が美しいと思うものは、何かが調和しているようなもの。それも盲腸があるような調和。余計なものがくっついた調和。
 例えば、すごく辛いものが含まれている映画でも、「美しい」と表現することはある。
 例えば、傷がないお茶碗と傷があっても、それ全体として美しいお茶碗。
 最近、奇異に見える作品も作り始めているのは、そういう思いがある。

<社会との関わりについて>
 削ぎ落とすことで、いつの時代にも通用する意匠というものがある。
 今の政府を批判しても、体制が変わるとその批判自体が古くなる。
 自分の作品には、服装なども、流行そのもの、その時代にだけ通用するようなものは取り入れないようにしている。

<表情について>
 少し外斜視気味にしているので、遠くを見ているようになっている。
 一番遠くにはなにがあるか?
 世界を知る=自分を知る、ならば、自分を見るのでもいいんじゃないか?
 固定した表情にしないように作ってきた。笑顔で作ると、それは広がりのない、それだけのものになってしまう。
 もっと長い間通用するものを作りたかった。

<彩色について>
 下地には、アクリル絵の具の白を濁らせたものを塗っている。
 それをサンドペーパーで削り落とす。木の色に助けられていると思う。
 肌色は、油絵の具を使っている。頬に赤みがほしいときは、絵の具が乾かないうちにパステルの粉を飛ばしている。
 胴体は、アクリル絵の具を使うことが多い。テカリを出したくないときは、石の粉を混ぜたりしている。伝統的な技法にはこだわりがないので、自由にやっている。
 寄せ木については、伝統的な技法を教えてもらっていないのが、マイナスになっている。
(質問者に対し)彫刻をやっているなら、なんでも使った方がいい。一生は短いから。

<仏像からの影響について>
 仏像からの影響は受けている。
 鎌倉時代の仏像には、自分の作品との近さを感じている。
 法隆寺の救世観音はすごいと思う。東大寺の広目天もすばらしく好き。
 運慶の俊乗上人(俊乗房重源)坐像には、人を表現することが世界を表現することにつながる、という念を抱いた。

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質問が長引き、終わったのは予定の15時半を大きく回った16時過ぎ。
舟越氏は、少し休憩した後、サイン会にも応じてくれ、私も今回のカタログにサインをいただきました。
その後、展示会場をもう一度ぐるっと見て、戻ってくると、まだサイン会は続いていました。
講演だけでもお疲れでしょうに、よほどのサービス精神がないと、なかなかできないことだと思います。

美術館を出ると、もう17時過ぎ。
わざわざ熊本まで来た甲斐のあった、いい一日でした。


熊本市現代美術館
http://www.camk.or.jp/
「舟越桂2010」展
http://www.camk.or.jp/event/exhibition/funakoshi/



青い花 (岩波文庫)

青い花 (岩波文庫)

  • 作者: ノヴァーリス
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1989/08/16
  • メディア: 文庫

水のゆくえ―舟越桂作品集

水のゆくえ―舟越桂作品集

  • 作者: 舟越 桂
  • 出版社/メーカー: 青幻舎
  • 発売日: 2002/05
  • メディア: ペーパーバック

舟越桂 夏の邸宅

舟越桂 夏の邸宅

  • 作者: 舟越 桂
  • 出版社/メーカー: 求龍堂
  • 発売日: 2008/09
  • メディア: 大型本

≒(ニアイコール)舟越桂 [DVD] (NEAR EQUAL FUNAKOSHI KATSURA)

≒(ニアイコール)舟越桂 [DVD] (NEAR EQUAL FUNAKOSHI KATSURA)

  • 出版社/メーカー: ビー・ビー・ビー株式会社
  • メディア: DVD

舟越桂 語りかけるまなざし [DVD]

舟越桂 語りかけるまなざし [DVD]

  • 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
  • メディア: DVD


『女落語家の「二つ目」修行』(川柳つくし,双葉社,2010.07.04) [本]

現在、「二つ目」の女流落語家による自伝。
読了して思ったのは、ミムラ主演で映画にもなった『落語娘』(永田俊也,講談社,2005.12.15)との共通点の多さ。
直接の関係があるのかどうかはわからないが、いろいろなエピソードに共通点が感じられた。

鈴本演芸場で日曜日の朝にやっている「早朝寄席」を観ていてもなんとなく感じられるように、そもそも「二つ目」というのは大変そうなポジションだが、さらに女流というハンデが加わると、もう、ほんとうに大変なんだろうなぁ、と感じてしまった。
それでも、踏ん張れているのは、落語家という道に魅力があるからなんだろう、きっと。

作者の修行話も興味深いが、それを補強する形で展開されているのが、『師匠方の「二つ目時代」』というインタビュー。
春風亭昇太、立川志の輔、柳亭市馬、柳家喬太郎と錚々たる面々。
中でも、他の面々が二つ目時代にはそれなりに苦労があった、と語っている一方で、「それが、僕のときって、ちょうどバブルの真っ只中だったの。だから、バイトが山のようにあって、毎週土日は絶対どこかで営業してたんだよね。全っ然苦労しなかった」と語る春風亭昇太の飄々とした語り口が印象的だった。
苦労していないわけはないのに、苦労を苦労と感じない才が、今の彼を支えているのだろう。

ネットで調べたところ、筆者の川柳つくしさんは、10月10日の鈴本演芸場の早朝寄席には出演されるらしい。
時間を作って、ぜひ一度、彼女の高座を聴いてみたいと思う。


女落語家の「二つ目」修業

女落語家の「二つ目」修業

  • 作者: 川柳 つくし
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2010/06/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

落語娘 (講談社文庫)

落語娘 (講談社文庫)

  • 作者: 永田 俊也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/06/13
  • メディア: 文庫



『ぼくのエリ - 200歳の少女』 [映画]

銀座テアトルシネマで8/27まで公開されている『ぼくのエリ - 200歳の少女』を観てきました。
勘のいい人なら「200歳の少女」という副題で気がつくでしょうが、冬のストックホルム郊外の街を舞台にした吸血鬼映画です。

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英題は、“Let The Right One In”。
原題も同じ意味合いらしいですが、「正しいものを受け入れよ」とでも訳せばいいんでしょうか?
ハリウッド・リメイク版は“Let Me In”。
部屋の主に招き入れられないと、その部屋には入ることができない、という吸血鬼に関する伝説と「私を受け入れてほしい」という吸血鬼の少女の思いを重ね合わせているのでしょうか?

映画評などでも評価が高いようですが、たしかに私が今までに見た吸血鬼映画の中でも、現代を生きる吸血鬼の生活をリアルに描いているという点で、あの『ニア・ダーク - 月夜の出来事』を凌ぐインパクトのある映像でした。

12歳で幼生固定されているエリ。
そんなエリを保護する中年男性。
そして、エリと恋に落ちる12歳の少年オスカー。

映画の中では、名前すら与えられていなかった中年男性は、かつてのオスカーと同じ。
半世紀近い昔、エリと巡り会い、彼女を愛し、守護者となることを選んだのだろう。
彼は、エリのために人を殺め、逆さに吊って血抜きをして、彼女の食料となる「生き血」を手に入れる。
そればかりか、自分の身に追っ手が迫ると、壮絶な痛みを伴うだろうに、身元がわからないよう、自らの顔を薬品で焼く。
そして、最後には、自らの生き血をエリに分け与えた後、病院の窓から身を投じ、命を絶つ。
徹底的な、見ているだけで痛さが伝わるような献身と忠誠心。
一緒に年老いることのできないエリにとって、男性はどんな存在だったのか?

エリの助言で、いじめっ子に対抗したオスカーは、計画的な反撃を受け、プールで溺死させられそうになるが、いじめっ子たちを一瞬で虐殺したエリに救われる。

劇の最後、エリがオスカーに残したメモに記されていた「ここを去って生き延びるか。とどまって死を迎えるか。あなたのエリより」という言葉に導かれたかのように、オスカーとエリは列車で旅に出る。
オスカーの足元には大きな箱。中からはモールス信号。
これからは、オスカーがエリを護るのだ。その命の続くかぎり。

原作の『モールス』は未読なのですが、早く読んでみよう、と思う映画でした。
映画では省略されている部分が多いらしく、楽しみです。

ぼくのエリ - 200歳の少女
http://www.bokueli.com/



MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: ヨン・アイヴィデ リンドクヴィスト
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2009/12/30
  • メディア: 新書

MORSE〈下〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

MORSE〈下〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: ヨン・アイヴィデ リンドクヴィスト
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2009/12
  • メディア: 新書



瀬戸内国際芸術祭2010 - 小豆島 (2) 土と生命の図書館 [美術]

 香川県の直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、高松港周辺、岡山県の犬島を会場に、7月19日から10月31日まで開催されている「瀬戸内国際芸術祭2010」に行ってきました。
 直島や犬島は何度か足を運んだことがあったので、手始めに、あまり馴染みのない小豆島へ。

 岡山からのフェリーで土庄港に到着後、芸術祭線のバスで、肥土山・中山地区に移動。
 常盤橋前のバス停で降りてすぐ左手の倉庫(旧大鐸米倉庫)の中にある「心の巨人」を見終わった後、道路を隔てて向かいにある旧大鐸小学校へ向かいます。
 この廃校となった小学校の2階の図書館にある作品が、栗田宏一の「土と生命の図書館」。
 瀬戸内海の沿岸の随所で採取した土を採取した順番に和紙の上に並べた、という、その説明だけを聞くと、なんのことはない作品のように思われますが、その幾何学的なパターンというか、色彩の豊かさに圧倒されました。

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 近寄ってみると、こんな感じ。
 ほんとうに和紙の上に土が載せられて(盛られて)いるだけです。

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 展示会場にいらしたガイドの方から聞いたお話によると、この作品は、その性質上、極端に風に弱い(飛ばされてしまう)ので、図書館を閉め切って、この作品だけは特別に空調をかけている、とのことでした。
 実際、小豆島にある他の作品は、例え屋内にある作品(つぎつぎきんつぎ)でも空調とは無縁でした。

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 図書館の黒板には、作者の栗田氏による解説が書かれていました。
 転記すると、次のとおり。

土と生命の図書館
  • 土は和紙のうえにのせてあるだけです。さわらないでね!
  • 瀬戸内海に面した土地、および瀬戸内海に流れ込むすべての河川の流域で採集した土です。兵庫県、岡山県、香川県、愛媛県、広島県、山口県、福岡県、大分県のおよそ350市町村で採集した600の土。
  • 採集した後、乾燥させ、根っこや葉っぱをピンセットでつまみ出しただけで、色をつけたりしていない自然のままの土です。
  • 田んぼや畑、ガケなどから片手にひとにぎりだけ採集します
  • 並べてある順番は、採集した順番のままです
  • どうして土を拾うのでしょうか? みなさんで考えてみましょう!

 それぞれは、なんの変哲もないように見えるタイル状に並べられた土が、全体で見ると、素晴らしいグラデーションとコントラストを作り出していました。
 なにより、そのグラデーションが作為的なものではなく、採取した順番で並べただけで構成されていることに驚かされ、しばらく見入ってしまいました。
 角度に寄って濃淡や色合いが変わりますので、足を運ばれる方は、ぜひゆっくりと、いろんな角度から堪能してみてください。飽きません。
 ……空調が効いていて、涼しいですし。(^_^;)

 この旧大鐸小学校には、他にも公式グッズを買えるコーナーもあり、また、中国系の作家の手になる作品も展示されていました。
 元は校長室らしい部屋の雰囲気を活かし、七夕の笹の代わりに壁面に貼られた小さい手袋の中に願い事などを書いた緑色の紙を差していく、という参加型の作品でした。

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Today's Tips
 芸術祭を効率的に回るなら、美術手帖2010年6月号増刊の『瀬戸内国際芸術祭2010 公式ガイドブック-アートをめぐる旅・完全ガイド』(1,260円)を事前に入手されておくことをオススメします。
 作品解説ばかりでなく、移動等に必要となる情報の全て(といっても過言ではない)が網羅されており、少なくとも小豆島に関するかぎり、公式ガイドブックに記されていない情報はない、と断言できるほどの完成度です。
 実際、鑑賞者の方以外にも、会場で案内をされている方(ボランティア・ガイドの方?)でも多くの方が持たれていて、無数のポストイットが貼り込まれ、使い込まれた趣になっている本の姿から、そのお役立ち度がうかがえました。

美術手帖6月号増刊 瀬戸内国際芸術祭2010公式ガイドブック

美術手帖6月号増刊 瀬戸内国際芸術祭2010公式ガイドブック

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 美術出版社
  • 発売日: 2010/06/15
  • メディア: 雑誌

 第3回に続きます。

瀬戸内国際芸術祭2010 - 小豆島 (1) 心の巨人 [美術]

 香川県の直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、高松港周辺、岡山県の犬島を会場に、7月19日から10月31日まで開催されている「瀬戸内国際芸術祭2010」に行ってきました。
 直島や犬島は何度か足を運んだことがあったので、手始めに、あまり馴染みのない小豆島へ。

 岡山からのフェリーで土庄港に14時過ぎに到着後、開催期間中のみ運行されている芸術祭線のバスで、まず肥土山・中山地区を目指します。
 常盤橋前のバス停で下りると、すぐ目に入るのが芸術祭の空色の幟(のぼり)。
 この後も、ずっとこの幟が目印になってくれました。

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 バスを降りてすぐ左手の倉庫(旧大鐸米倉庫)の中にある作品が、河口龍夫の「心の巨人」。
 壁に取り付けられた銅線が大きな人型を形作っていました。
 なんだか不思議な存在感を感じるインスタレーションでした。

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Today's Tips
芸術祭線のバスを利用するなら、1日フリー乗車券(700円、芸術祭線のみ乗り放題)を購入されるのが絶対にオススメです。(フェリー乗り場の他、車内でも購入できます)
バスの乗り降りがスムーズで、他のお客さんの邪魔にもなりませんし、なにしろ土庄港~常盤橋前(距離制で片道350円)を往復するだけで元が取れます。


 第2回(土と生命の図書館)に続きます。


狐野扶実子の東京ビストロ案内 [1] - dancyu 2010年8月号 [食]

理想のビストロとは?

パリのビストロを思い浮かべたときの共通点として、狐野扶実子が思い浮かべるのが、次の共通点。
これらを満たす店が、狐野扶実子の定義によるビストロ。
  • 親しみやすさがある。
  • シンプルで温かい雰囲気がある。
  • 裏通りや路地にある。
  • 夫婦や家族で賄っている。
  • ユニフォームはなく、エプロン姿でサービスしている。
  • 木製の椅子とテーブルがある。
  • 手書きのメニューや黒板のメニューがある。

高田馬場にある「ラミティエ」は、それらの共通点を満たす理想のビストロ
パリにあっても、全く違和感のない店。
席数は24席。ビストロは、席数が20~40くらいの規模がちょうどよい。
なにより、シェフとマダムが中心となって経営しているのがいい。

ラミティエ (L'AMITIE)
東京都新宿区高田馬場2-9-12
Tel. 03-5272-5010
[休] 月曜、第2火曜


ルベイとフミコのビストロ・ヌーヴォー (クレアドゥエ クレアトラベラー)

ルベイとフミコのビストロ・ヌーヴォー (クレアドゥエ クレアトラベラー)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/10
  • メディア: 単行本



志の輔らくご-ビギン・ザ・ビギン(ル テアトル銀座) [落語]

志の輔らくご-ビギン・ザ・ビギンを観てきました。

立川志の輔の独演会を聴くのは、今年1月のPARCO公演に引き続き、これで5回目。
会場は、初めての「ル テアトル銀座」。ちょっと緊張します。

七夕が近いこともあり、ロビーには笹が用意され、短冊を結びつけられるようになっている演出。
風鈴もあり、夏らしさを盛り上げていました。
こんな感じです。

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開演まで時間があったので、とりあえず物販で「手ぬぐい(黒)」(1,000円)を購入。
なぜか今回は会場販売限定の『午前様らいぶ』のDVDは売っていません。新作があるかな、と期待していたので残念。

今日の演目は、次のとおり。
7月1日(木)から6日(火)までの期間中、基本的には同じ内容のようでした。
一、こぶとり爺さん
二、新釈 猫忠
三、しかばねの行方

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PARCO公演の方針なのか、今回の公演にも当日券(朝10時に電話予約)があるそうです。
それも、BOX席もある、とのこと。

地方での独演会と異なり、今回も前座なし。
いきなり志の輔さんが出てきて、公演開始です。

1幕目は「こぶとり爺さん」。
志の輔さん本人が冗談交じりで「口慣らし」とおっしゃっていましたが、正直、今ひとつ。

2幕目は「新釈 猫忠」。
このあたりから志の輔さんの調子も出てきたようで、テンポのよい展開で楽しめました。
ただ、勉強が足りないので、新解釈ではない本来の「猫忠」をよく知らないので、志の輔さん独自の解釈やアレンジがどのあたりにあるのか、よくわからなかったことには忸怩たる思いがあります。

3幕目は「しかばねの行方」。
志の輔さん本人が作家の東野圭吾氏のファンだったことから、本人から直接許可をもらった上で、東野氏の「怪笑小説」に収められている「しかばね台分譲住宅」を原作に、1998年にパルコ公演で語りおろした新作落語、とのこと。
初めて聴くお話なので、興味津々。
ナイフが背中に突き刺さった死体が、ある新興住宅地の一角で見つかったところから、自分たちの家の不動産価値の下がることをおそれた住民たちが、なんと他の住宅地(マンション)に死体を移動させる、という展開。
ブラック・ユーモアですが、笑えました。(^_^)

終演は、17時半過ぎ。
あっという間の3時間足らずでした。

ただ、短期公演のためか、前回のパルコ公演で感じた圧倒的なレベルの違いは、今回は感じませんでした。
気のせいかなぁ……?

8月16日から22日には、下北沢の本多劇場で、今年で5年目(かつ最後)の「牡丹灯籠2010」の公演があるとのこと。
ネタとして練り込まれているだろうから、ぜひ聴いてみたい。
ただ、チケットの争奪戦もすさまじいんだろうなぁ……。う~む。

『天地明察』(冲方丁,角川書店,2009.11.30) [本]

ようやく読了。
渋川春海という囲碁の達人が、改暦にかける物語。
こんな人物がいたということそのものが感動。
特に、登場人物の学問への熱意に心を打たれた。

P.179
「値を三度もの幅で誤るとは。いっそ己が身を海に投げ込みたい思いじゃ」
 天測における一分の違いは、地上においては半里もの差となる。三度の違いとなればここから遙か南の海の真っ只中に等しいゆえの建部の言葉だった。それが春海にもわかった。だが次の言葉は、春海の思案の枠すら遙かに超えた。
「なんとしたものか……どこかで歩測を大幅に謝ったに違いない」
「歩測?」
 思わず春海は口にした。すなわち歩数を数えることである。いったいどこからか。咄嗟に混乱したが、答えは一つしかない。
「まさか……江戸からでございますか?」
「うむ」
「はい」
 当然だろうと言うように建部と伊藤にうなずかれ、春海は愕然となった。建部だけでなく伊藤までもが、江戸からここまで己の歩数を延々と数え歩いてきたというのである。
 いったいなんのためか。二人の傍らに置かれたそろばんの意味がやっと分かった。
「お……お二人様は、歩測と算術で、北極出地を予測されておられたのですか?」
「うん」
「うん」
 当然というより無邪気きわまりない返答が来た。
 しわくちゃの顔をしただけで実はまったく歳を取っていない二人の少年が目の前にいるかのように錯覚され、春海は、なぜかぶるっと身が震えた。体内の嫌な陰の気がどっと体外に放出されて、新たな気が入ってくるようだった。まさに息吹だった。心から祓われ浄められるということを生まれて初めて実感した。この二人にわけも分からぬままそうさせられた。

P.181
 春海は慌ててかぶりを振った。
「し、しかし、私では、術式でも答えでも誤りを犯すだけで……」
「それは良い。全霊を尽くして誤答を出すがいい」
「そうですそうです。遠慮なく外して下さい」
 建部と伊藤が次々に言った。どちらも稚気と言っていいような陽気さを発散しており、春海はそれにあっさり呑み込まれた。寒い冬の日に火鉢を抱いたような温かさを感じた。

P.182
 建部が言った通り、中間たちが率いる別の隊によって道中の距離が測定されながら移動が行われた。それでも建部も伊藤も、ほとんど喋らず、黙々と歩いている。地道に歩数を数えているのは明らかだった。その歩みを二人の背後で見つめながら、突然、昨夜のようにぶるっと身が震えた。震えが膚にいつまでも残るようだった。しばらく歩き続けてやっと、それが単純でいて底深い感動のさざなみであることを悟った。

P.188
 “私でも、良いのですか”
 関への設問を誓ったあの晩、稿本に向かって問うた思いが、再び熱く胸に湧いた。
 一心に北極星を見つめた。まさに天元たるその星の加護があるのだと信じたかった。いつでもあるのだと。誰にでも。ただ空に目を向けさえすれば。
「この私でも……」
 そろそろと息を吐きながら小声でささやいた。
 星は答えない。決して拒みもしない。それは天地の始まりから宙にあって、ただ何者かによって解かれるのを待ち続ける、天意という名の設問であった。

P.207
 たちまち建部と伊藤が一緒になって食いついた。勢い、春海は金王八幡の算額絵馬のことや礒村塾や“一瞥即解の士”たる関孝和について話さざるを得なくなり、
「そのような人物が江戸にいるとは」
 建部など力いっぱい拳を握りしめ、
「ぜひ弟子入りしたい」
 はっきりとそう言った。なんと伊藤まで首肯している。この二人の老人にとって研鑽のためなら三十も年下の若者に頭を垂れることなど苦でも何でもないらしい。それどころか、
「だいたいにして若い師というのは実によろしい」
「ええ、ええ。教えの途中で、ぽっくり逝かれてしまうということがありませんから」
 などと喜び合うのだった。

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 いったい二人とも、どうしてこう、途方もない一大構想を自分に見せつけようとするのか。何か自分に含むところでもあるのか。ついつい本気でそう口にしたくなった。
「いえいえ、私の年齢じゃ、寿命が来るまでにはとても追っつかないでしょうねえ」
 と伊藤は言う。だが逆に言えば、それは、実際にやろうと算段を整える努力をしたことがあるということだ。天まで届く巨大な城の設計図を試しに書いてみたと言っているに等しい。
 それだけでもどれほどの学問修得と日々の研鑽が必要だったか。想像して春海の背をぶるっと震えが駆け抜けた。
「なら、ねえ……若い人に、考えだけでも、伝えておきたいと思いましてねえ……」
 伊藤はそう言ったが、春海がそのとき深く感銘を受けたのはまったく逆のことだった。人には持って生まれた寿命がある。だが、だからといって何かを始めるのに遅いということはない。その証拠が、建部であり伊藤だった。体力的にも精神的にも衰えてくる年齢にあって、少年のような好奇心を抱き続け、挑む姿勢を棄てない。伊藤が天測の術理を修得したのは四十を過ぎてからだという。自分はまだ二十三ではないか。何もかもこれからではないか。そんな幸福感を味わう春海に、
「どうです。面白いでしょ」
 伊藤がいつもの丁寧で柔和な笑顔を見せて言った。城中でありとあらゆる者の横柄な態度に慣れた春海には、それだけで改めて新鮮さを感じさせられる笑顔である。
「はい。とても面白うございます」
 元気良く答えたところを、
「頼みましたよ」
 ぽん、ときわめて自然な所作で肩を叩かれた。なんだか無性に嬉しくなった。
「頼まれました」
 つい反射的に笑顔で応じていた。やがてそれが本当に、春海にとって空前絶後の大事業になるなどという予感は、このときはかけらも抱かなかった。だが自分はこれからなのだ、という思いを繰り返し味わい、喜びの念に陶然となるばかりであった。

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 それが判明してなお、春海の中ではまだ余裕にも似た気持ちが残っていた。まさか自分のような者にそれほどの事業を率先して行わせるはずがない。精神の逃げ場と言っていいそれを素直に吐露するように尋ねた。
「ふ……不肖の身なれど、粉骨砕身の努力をさせて頂きます。それで……どなたのもとで尽力すればよろしゅうございましょうか?」
 正之の目が僅かに見開かれた。春海の勘違いでなければ、正之が初めて見せた、きょとんとした顔だった。それからみるみる笑顔になり、ゆっくりとかぶりを振った。
「そなたが総大将だ、安井算哲。そなたのもとで人が尽力するのだ」
 今度は春海の目がまん丸に見開かれた。精神の逃げ場がその時点で完全に消滅した。
 たちまち息が詰まり、先ほど感じた血潮が一瞬で恐怖に凍りついた。
「い……い、いかなる思し召しで……、そ、そのような身に余るお役目を……」
「みながみな、同じ名を口にした。改暦の儀……推挙するならば、安井算哲を、とな」
「み、みな……? と申しますと……」
「水戸光国」
 正之が言った。ぱっと春海の脳裏にあの剛毅な顔が浮かんだ。
「山崎闇斎」
 春海の幼いときからの師であり、正之の侍儒だ。これまた春海の脳裏で豪快に笑っていた。
「建部昌明、伊藤重孝」
 その二人の名が挙げられた途端、ふいにまったく予期せぬものが込み上げてきた。
 “精進せよ、精進せよ”
 建部の楽しげな声がよみがえり、
 “頼みましたよ”
 今まさに伊藤に優しく肩を叩かれた気がした。
 おそらく建部は事業から外れてのち、伊藤は事業成就の後、それぞれ春海を推挙していたのだ。そう悟った途端、視界がぼうと霞み、目に純然たる歓びの涙がにじんだ。
「安藤有益。そなたも知る通り、我が藩きっての算術家だ」
 春海はうなずいた。声が出なかった。まさか安藤までもが。堪えきれず肩が震えた。
「酒井“雅楽頭”忠清。あの大老殿、そもそも暦術に興味など持ち合わせておらぬが、そなたには、いささか感ずるところがあるようでな。星のことはとんと分からぬが、算哲という者の熱心さは、信ずるに値する、と言うておった」
「し、しかし、わ……私は……この通り、若輩者でございます……」
「若さも条件だ。何年かかるかわからぬ事業であるゆえ、な」
 途端に、あの酒井の、
 “生涯かかるか”
 という言葉が、何年ぶりかに、胸に心地好く響いた。その瞬間ようやく心が定まった。たとえようもない使命感に身が熱くなった。
「まことに……私で、よろしいのですか」
 すっと正之の背が伸びた。
「安井算哲よ。天を相手に、真剣勝負を見せてもらう」
 からん、ころん。
 ふいに幻の音が耳の奥で響いた。咄嗟にそれが何であるか分からなかった。分からないまま、強烈な幸福感に満たされていた。いつか見た絵馬の群の記憶がよぎった。が、そうとはっきり認識する間もなく、春海は、たまらず衝動的に座を一歩下がり、平伏し、
「必至!」
 叫ぶように応えた。反射的に口から出たそれが、碁の語彙でもあると遅れて気づいた。
 正之が愉快そうに笑った。
「頼もしい限りだ、安井算哲」
 それが父の名であるという意識が、初めて春海の心から綺麗に消えていた。



天地明察

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江戸の天文学者 星空を翔ける ~‐幕府天文方、渋川春海から伊能忠敬まで‐ (知りたい!サイエンス)

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『書道ガールズ!! わたしたちの甲子園』 [映画]

先週末に出かけた京都で、夜の時間を持て余し、新京極にあるMovix京都で成海璃子主演の『書道ガールズ!!』を観てきました。
成海璃子さん、『武士道シックスティーン』にも主演されてましたね。

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大筋は、愛媛県四国中央市の高校で始められた書道パフォーマンスの実話に基づくもの。
成海璃子に加え、桜庭ななみ、山下リオ、小島藤子と美少女オンパレード。
そういう意味では見応えがあります。
ただ、物語そのものは、途中、アンジェラ・アキの『手紙ー拝啓 十五の君へ』が流れてきたときは、
「このまま合唱団の話になるのか?」
と思ってしまうような展開。
なんだか統一感というか、しっかりした方向性がないような……?

それにしても、書道部の先生役の俳優さん、「どこかで見たことあるなぁ……?」と思っていたら、RISEの金子ノブアキさんでした。
最近は、俳優としても活躍されているんですね。知らなかった……。(^_^;)



大切

大切

  • アーティスト: FUNKY MONKEY BABYS,FUNKY MONKEY BABYS,川村結花,NAOKI-T
  • 出版社/メーカー: ドリーミュージック
  • 発売日: 2010/05/12
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手紙~拝啓 十五の君へ

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  • アーティスト: アンジェラ・アキ
  • 出版社/メーカー: ERJ(SME)(M)
  • 発売日: 2008/09/17
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「書道ガールズ!!私たちの甲子園」 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: バップ
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ケータイ国盗り合戦、110国統一。 [ケータイ国盗り合戦]

京都駅近くのKCTP(京都サイクリングツアープロジェクト)でルイガノのミニベロ(MV-1)を借りて、京都散策。
下鴨神社から北野天満宮へとコースを取り、最後に島原遊郭跡を観て、終了。


途中、2地域を国盗り。
京都で、かつ、自転車なら、もう少し数を稼げるかと思ったが、なかなか思うようにいかないなぁ……。
  1. 左京・大原
  2. 洛北

これで、110国統一。
これは、200国というのは、気が遠くなるような目標だなぁ、と実感。

ケータイ国盗り合戦
http://kntr.jp/pc/


(扶桑社ムック) 「ケータイ国盗り合戦」 公式ガイドブック

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  • 出版社/メーカー: 扶桑社
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